GONKURABE

だら科日記

よりよく生きたいと思う心

一生懸命生きている人が身近にいたり,そういう人を目の当たりにしたとき自分も一生懸命生きたいと思う心が芽生えたりする.大事なことだと思う自分もいる.でも,そんなことできない.なかなか出来ない.不可能じゃないけど,できない.結局はそう思って,そう自分に言い聞かせてしまう.こういう状況はとても子供っぽいことだと思う.

いま,明日が来ることが楽しみだろうか.来てほしくない明日を用意している今日じゃないだろうか.一生懸命になったり,時間をかけたりするとワクワクがついてくる経験をしている人でも,そのワクワクを前にして苦しんだり心が折れてしまったりする.結局はワクワクを得る前に諦めることだって少なくない.

どういった未来を迎えたいのか,を明確にすることが大切なんだろう.それは,それが難しいことなんだろう.もしそれが見つかったら次は覚悟することが大切だろう.その未来を決定することだ.これまた難しいことだろう.そしてその覚悟を基に,計画をたてなければならない.そしてその計画を実行していく必要がある.またまた大変なことだ.

しかしこういったことを望んでいるのが今の社会じゃないだろうか.自己啓発本とかが望んでいる世界観にピッタリだ.そしてそれは人間らしさと距離をおいているものなんじゃないかと思う.人間が望んでいることではなく,社会が望んでいる性質だと思う.人生のなかの一瞬を高めきること.これはワクワクの原動力になりうるが,長続きはしないだろう.だけど,それを経験したことがない人生は楽しくないだろうとも思う.

もしも妥協することないより良い生き方を選ぶとしたら,他人の力を借りるということが重要だと思う.他人の力を借りている自分であることであるかもしれない.そのために学ばなければならないことは,他人の力を借りる方法だ.それには準備がいる.経験がいる.焦る必要はないことは分かっていても,ワクワクし続けていられるあの時間のなかにいたいと思わずにいられない.攻めれる自分とはどういう感じかな.