GONKURABE

だら科日記

語りすぎないこと

発信することが容易になった現代において発信しすぎている状態をよく目にする.それはあまり良いことではないと思うし,自分の身を削ることだと思う.たいした(量の)インプットのない人が,SNSやブログなどで語りすぎるが故に,面と向かい合った時にすでに語れないという状況を多く目にするようになった.実際は,語ることはあるのだけど,なにか「あなたのことは見ていて,知っているよ」『私は見られていて,知られているよ」という相互認識に陥っていてしゃべることがない,しゃべるまでもないような気持ちにさせられてしまう.

確かに,お互い分かり合っているならそれはいいことだ.しかしやはり,発信していることは常識の範囲内または衝動に任せた一部分であることが多いからわかりあえている範囲はほとんどわかりあえない範囲のものだろう.そんなことを語りすぎるがゆえに,語り合う機会を逃すというのはなんとももったいない話だと考える.

容易に発信できるようになった時代だからこそ,語りすぎないことが難しい.より多くの人に私たちのことを知ってほしいのであればまだしも,一時的にそうは思っていても本質的にはそう思っていないことが多い.遠くの友人や会ったことのない他人との間をとりもってよりよい関係を作ってくれていることもある.それはとてもありがたいことだ.

自分自身の価値を高めていく時期にあるときは,自分を語りすぎないようにし自己研鑚に務めるのがいい.よ!