GONKURABE

だら科日記

公教育を変えるとき

公教育を変えるとき,どんな案が採用されるかは未知数だから言及しない.

言っておきたいのは,「お金」の問題だ.

そのお金はどこから出てくるのか

公教育の充実をはかる声は多く,大きい.故に,公教育の充実にはお金がかかる場面が多い.もしあなたがなにかしらの教育制度を提案したとして,そのお金はどこから生み出されるのか,考えた事があるだろうか.

国や都道府県,市町村.それらがもつ財政というのは毎年だいたい決まってる.そのなかで教育に使うお金,医療に使うお金,公共事業…など使い道もだいたい毎年決まってる.

そんななか,教育にかけるお金が増えたとすれば,どこかの事業のお金を減らさなければならなくなる.医療かもしれない,よね.

 

少人数制の授業を実施することでコストが増えたとき,なにが削られるのか,なにを削るのか.医療費を削れば人が死ぬだろう.教育費をけずれば,若者は死ぬかもしれない(実際死者は出ると思う).

 

なにか政策を変えるという事は,どこかに死者をつくるということだ.いままで生き延びていた人を失うという事だ.だから,安易にはできないし,言えないと思ってる.

その上にたって,公教育を変えようと言う議論ができるといいんだろうな.