GONKURABE

だら科日記

教育者の気持ち悪さ

一般的に教育者になりたいとか教育に興味がある人は,自分自身の特性にその興味の根本的原因があることを無視して熱い思いを語りだす.分かってもらいたい,だとか知ってもらいたい,倫理的であって欲しい,果ては自分のようであってほしい,自分のような間違いを犯さないで欲しい…なんて.

それでも諦めないのが教育だーとか言われたらほんとなえちゃう.お前みたいなの今まででいくらでもいんだよ.そんでもって何が変わったんだよ.

 

子ども含め,教育者も人間だ.人間は生きる行為を長続きさせる為に嫌な事は無意識的に忘れていくし,教師がいくら子どもとのやり取りを猛省してもいつかは「あの子のおかげで成長できた」とか甘いスカスカな考えに落ち着いて管理職に立つ年齢になる.そして前を向くのが大切だ,なんて言い出す.お前は前を向いたんじゃなくて人間の本能で向いただけだよ,大切なものはもうみんな持っているんだよ.ということで,そこじゃないだろーと考えたい.

 

前を向く力が大切だ.長生きしている奴は少なからず,どこかしらなにかしらで前を向いてきた.でも前を向く方法にも2つある.

 

  1. すべてを洗い流して,再スタートする
  2. すべてを受け入れて,自分のなかで消化しようとする

1は,ポジティブだと思う.人間的だし,その力がないと生きる上で壁に打ち当たったときに心が折れてしまうだろう.でも,1だけもっている教育者は嫌いだ.なんだかよくわからんけど,とりあえず今は前を向いて進んでいこう!とするポジティブさは,「なぜ自分がそのネガティブな状態になったのか」という原因を示していない.たとえ話をしたい.

 

あなたは海外旅行にいこうとしている.いざ飛行機に乗り込み,席で友達とおしゃべりをしていた.そんなとき,あなたが乗っている飛行機と同じ型の飛行機がエンジントラブルを起こしたというニュースが耳に入った.そこで機長が「原因は解明できていないですが,この機体は安全なので離陸します.」と言った.

 

あなたはこの飛行機に乗り続けるだろうか?

 

教育者は,子どもの成長する機会を奪い続けて,食らい続けて自分の人生を食いつなぐ.そのかわり,成長する機会を与える事もできる.無責任で論理不透明な教育者が,自分だけの考えでくっちゃべる道徳とか,社会問題とか,ほんと気持ち悪い.

 

かくいう自分もそのうちの1人.でも想像以上に気持ち悪い自分を受け入れられたし,受け入れてもらえる人が増えてきた.きっと自分が作り出した状況じゃない.原因はどこにあるのか,せめて自分の納得する答えまでだしておきたいよね